MOTIVATION NOTE
クリエイター

ランニング3.0 ~走ることから発想するモチベーション考~【前編】

プロローグ

孤独で単調なスポーツ『ランニング』。それは、かつて学校やクラブ活動で、何か問題を起こしてしまったときの罰、なんてことも。そんな記憶がトラウマとなって「ランニングは嫌い!」という人は少なくないのかもしれません。実は、私もそのうちの一人でした。しかし今や、フルマラソン完走はもとより海外で100kmを超えるトレイルランニングレースに参戦したりなど、その魅力に取り憑かれています。

「趣味はランニング」という人は、確かに昔は相当変わった人でしたが、最近は少し違ってきているのかも。ランナー人口約1,000万人、MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)、東京マラソン、箱根駅伝の熱狂、厚底シューズ革命、マスク着用ランニングなど、世の中ランニングの話題に事欠くことはありません。ランニングに冷ややかな視線を送っていた友人から「ランニングを始めようと思うんだけど、どんなギアを買ったらいいの?」なんて相談も最近はたくさん受けるようになりました。

さて、タイトルの『ランニング3.0』についてですが、前述の通りランニング対しての受け取り方は人それぞれ。さらに時代によってその意義も変遷してきたと考えています。今っぽくバージョンで整理してみると、

ランニング1.0
狩猟、敵から逃げる、伝言を伝えるなど、生存のためのランニング。

ランニング2.0
身体能力を誇示し、競い合うなど、威信のためのランニング。

ランニング3.0
心身の健康、仲間に尽くしたり繋がったり、価値を創造したり、自他共の幸福のためのランニング。

「A地点からB地点に走る」たったこれだけの競技に、今、人はなぜ注目するのか。単純だからこそ、そこに面白さの余白が潜んでいるはず。クリエイティブ的発想で日々のランニングの『モチベーション』を引き出す、私のランニング・ライフを少しご紹介させていただきたいと思います。

第1章 ランニングとの出会い(ご縁を大切に)

私が走り始めたのは40歳を過ぎた辺り、2008年の春頃のことです。仕事に夢中になるあまりスポーツとは無縁の人生で、不摂生を積み重ねてきましたが、ある日、企画会議の場で上司から「お前、太ったな」と突然の肥満通告。自分を客観視することは難しいものです。その後の定期検診でメタボリックシンドロームと脂肪肝が発覚。産業医からは「運動の継続的な実践」を薦められました。

スポーツに関して、人にもコミュニティにも何もご縁がない。そんな状況で、突然ボールを投げたり蹴ったりする人になれるはずもなく。手っ取り早く運動を始めるため、会社の福利厚生を使ってスポーツジムに通うことに。ここが全ての出発点です。

行ってみて分かったのは、ジムはまさに孤独で単調な運動の繰り返し。まるで回し車のハムスターです。研究によるとハムスターは走ること自体に価値を見出しているとのこと、のようですが何事も単調なものにモチベーションを保ち続けるのは難しいものです。親切丁寧にトレーニングの指導をしてくれ、私のモチベーションを上げ続けてくれた女性インストラクターは、あっという間に他のジムに異動となってしまい、早々と『継続の壁』にぶつかります。

走る前の頃の自分の姿

そんな私がどうして12年もジムに通い続け、そしてランニングを続けることができたのでしょうか。モチベーションの源泉は、自分の動機に真摯に向かい合うこと。生存の危機感から『ランニング1.0』が始まりました。

第2章 大会にエントリーしてみた (目標を定める)

ジムに通うモチベーションを保ち続けるため、閃いたのはマラソン大会へのエントリーでした。これは、おそらくアマチュアが最も簡単に選手として出場できるスポーツイベントです。そこでの完走を自分の目標に設定すれば、運動に真剣に向き合わざるを得なくなるのでは、と考えたのです。

マラソンはとてもシンプルな競技なので、技術の習得に時間やセンスはそんなに必要ないでしょうし、個人で参加できるので他の誰かのスケジュールを気にすることもありません。先ずは2009年の新春、幕張周辺10kmを走る大会にエントリー。これが予想外に走れて、人をどんどん追い抜いていく感覚がとても爽快でした。この感覚の記憶がモチベーションの生成に有効に作用します。ゴール後、もっと早く走れるのでは、もっと遠くに行けるのでは、と妄想が膨らんでいきました。身体能力を極めるための『ランニング2.0』の始まりです。

その後目標タイムを設定してみたり、ハーフマラソン、フルマラソン、 ウルトラマラソンへとステップアップして徐々に大会種目の距離を伸ばしていったり。身の丈に合った目標を自分で設定できる、そんな柔軟さが自分に向いていたのかもしれません。

第3章 自分らしいこだわりを (特別を追求する)

練習の継続で、ちょっとだけ走りに自信がもてるようになりフルマラソンが視界に入り始めたころ、ホノルルマラソンに参加した友人から素敵な海外マラソン体験談を耳にすることに。羨ましいというか、素人でもホノルルでセレブみたいな体験が「できるんだ」「していいんだ!」と気づいた瞬間を鮮明に覚えています。

「初めてのフルマラソンは特別な経験にしてみたい」

ランニングに対するこだわりの目覚め。自己満足のための『ランニング2.0』。「一緒にホノルル行こう」と誘われて、2009年の年末に開催される大会にエントリーしてみたものの、その後友人は仕事で行けなくなり、結局一人で参加することに。ぼっちにされたけど、お金は払ってしまったのでとにかくやるしかない、と大会に向けて強度の高い練習しているうちに膝を故障。その間ジムの有酸素マシンで故障と格闘しながら、心肺機能と筋力を維持するトレーニングを続けたり。山あり谷ありの準備期間を経て、最終的に完治には至らず、医師の指導を受けテーピングを施してホノルルへ向かいました。

早朝、日の出前。スタート地点のアラモアナに集まる人の波。豪華なスタートセレモニーが始まり参加者の熱狂。花火が打ち上がる中でのスタート。クリスマスイルミネーションで飾られた住宅街を走り抜け、フレンドリーで熱狂的な応援、海岸沿いのハイウェイから見渡せる風景、何もかもが特別な体験。幸運にも最後まで膝に痛みは出なかったものの、単純に42.195kmのレースが辛すぎて後半はこんな無謀な挑戦に大金を使ってやってしまったことを激しく後悔。自分への恨み節が頭の中を駆け巡っていました。

「なんでこんなところまで来て、こんな辛い思いをしなくちゃいけないの」
「もう二度と走らない」

レース後、ランニングはもう止めようと心に強く誓いました。帰国後、周辺の人たちにこの辛い経験談をすると、みな興味津々。いつもの話とは食い付きっぷりが違うことに気付き、『マラソン』に関わるネタには何かチャンスがあるのではないかと思い始めました。

ただ、一人で42km走っただけなのに『ランニング』の話題でみんなが喜んでくれる。こだわりの先にある、強い体験に基づく話には人を惹きつける何かがあると実感した瞬間でした。これが、どこかの寂れた地域の地味な大会だったらこんなことにはならなかったかもしれません。

ホノルルにて、走り始めて一年半後の姿

「自分の経験はどんなに小さくても。百万の他人のした経験よりも価値のある財産」(レッシング)
「初めての挑戦は特別な経験に」そのこだわりがモチベーションとなって、また次のレースへ。初めての海外トレイルレースとなった『ULTRA PIRINEU(ウルトラ・ピレネー)』出場を後押ししてくれました。

第4章 街から山へ (変化を楽しむ)

ホノルルマラソンから1ヶ月ぐらい過ぎた頃、走りたくない気持ち、マラソンの辛い記憶はすっかり消え去り、完走の達成感、ハワイでのランニングの爽快感だけが残りました。そしてまた自然に走り始め、強度の強いトレーニングによって距離やタイムはどんどん伸びていきました。

ただ、マラソンは気温の低い季節の競技で、日差しが強く気温の高い夏場は、大会はもちろん練習もなかなか厳しくなってきます。「さて、夏場のランニングどうしよう」「モチベーション上がらないなぁ」などの雑念が浮かび始めました。

舗装された道路(以下ロード)が熱いのなら、森林で囲まれている登山道(以下トレイル)はきっと涼しいはず、という単純な思いつきで都心から1時間程度でアクセスできる高尾山を走ってみることに。そこにはロードでは得られない特別な魅力が。

月並ではありますが、そこには自然がありました。蒼青とした木々、鳥の声、渓流のせせらぎ、森の匂い等々。そして、身体が自然と一体化する感覚。大袈裟ではなくヒトのDNAに刻まれた、獣だった頃の森の中を駆け巡っていたであろう生命の記憶が蘇ってくる感じ。これらの要素が新鮮に自分の走るモチベーションに作用していきました。

その後、テレビで偶然出会ったのがトレイルランナーにとっては伝説のTV番組、NHKのドキュメンタリー『激走モンブラン!〜166km山岳レース〜』です。それは日本を代表するトレイルランナー鏑木剛さんが、フランスで行われる世界最高レベル、100マイル越えの山岳レースに参戦するドキュメンタリー番組。

「山の中を166kmも走るなんて、世の中には凄い人がいるものだ」
「けど、こんな異常なレースに自分が出場することは一生ないだろうな」

なんて考えていて、番組の印象は強く心に残ったものの、テレビの向こう側で行われている、過激なイベントの一つぐらいにしか思っていませんでした。結局その後、自分もモンブランのレースに参加することになるのですが。

もう一つの大きな変化、2011年の東日本大震災でした。私の地元である福島が震災の影響でとても困難な状況になってしまっている。地元と疎遠になっていた自分がもう一度、地元に寄り添うことができないか、いろいろ探っていた頃に『福島トレイルランニングクラブ』という山岳地域を中心に活動するランニングクラブが、全国に先駆けて組織されたことを知りました。

福島の山でのランニングイベント

福島には原発がありましたが、豊かな山岳地帯もあります。これを機にクラブに加入し、この変化の波に乗ってトレイルの世界にのめり込んでいくことに。

PROFILE

クリエイティブディレクター / アートディレクター

ランニングアートアプリ「RunGraph」開発者
4th駅伝部 代表

初フルマラソン大会:ホノルルマラソン2009(4h04m12s)
フルマラソン自己ベスト:古河はなももマラソン2016(3h10m13s)
100kmマラソンベスト:いわて銀河ウルトラマラソン2015(10h19m54s)
初海外ウルトラトレイル大会(110km):ウルトラピリネウ2015(28h27m06s)
住田つながりトレイル ランニング大会2019 プロデュース