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プランナー

「●●ロス」を叫びたくなる気持ちの正体

●●ロスとは何か?

「あまロス」、「福山ロス」、「逃げ恥ロス」などの「●●ロス」という言葉を一度は聞いたことがありませんか?SNS上だけではなく、テレビや雑誌などで紹介していたこともあり、おそらく多くの方がその言葉を耳にしているのではないかと思います。

では、この「●●ロス」という言葉はいつから使われるようになったのか?それは、2013年に放送されたNHK連続テレビ小説「あまちゃん」からだといわれています。その人気ぶりから社会現象にもなった「あまちゃん」の放送が終わったことで、まるでペットを失ったときのペットロス症候群に似た感覚から「あまロス症候群」をSNSで訴える人が増加しました。

それから、「●●ロス」という言葉は一気に市民権を得て、ドラマが終わったときだけではなく、アニメや漫画の連載が終わったときや、自分の好きなタレントが引退&結婚したときにも使われるようになり、その使い道が拡大しました。ドラマ「逃げるが恥だが役に立つ」が終われば「逃げ恥ロス」、福山雅治さんが結婚すれば「福山ロス」と叫ばれましたね。

「●●ロス」を叫びたくなる気持ちの正体を考えてみる

「●●ロス」。この言葉は、悲しい気持ちや心のよりどころを失った感情を絶妙に言い当てていると素直に感心します。そして、このコラムを書いている私自身も好きなタレントが結婚したことにショックをうけ、心にぽっかり穴があいた感覚を味わいました。その時、傷心しつつも、はじめて「あ、これがロスか」と、はっきりと認識したことを覚えています。

余談ですが・・・不思議ですよね?タレントが誰と結婚しようと、自分がその相手になれる可能性なんて0%なことはわかっているにもかかわらず、なぜ失恋をしたような気分になるのでしょうか?

さぁ、なぜ私たちは「●●ロス」を叫びたくなるのか?その気持ちの正体を私なりに考えてみました。

ロスの鍵2つ

その理由は、「悲劇は共感されやすい」と「好きには度合いがあるけれど、悲しみは誰もが一定」という2点が鍵を握っている気がしています。

まず、「悲劇は共感されやすい」について。何かを失ったり、被害を被ったりした人がそのことを訴えたら、多くの人がかわいそうと思うはずです。自分だったら・・・と想像をめぐらせて考える人もいるかもしれません。そのように、悲劇は共感されやすい。そのため、自分の悲劇をついつい叫んでしまうのではないかと考えます。また、悲劇を自虐的に語ることで、ネタになりやすいという見方もできそうです。

もうひとつ、「好きには度合いがあるけれど、悲しみは誰もが一定」について。「同じモノやコト、ヒトが好き」と違い、「同じモノやコト、ヒトを失った悲しみ」には優劣がないため、主張しやすいという特長があるのではないかと考えます。つまり、「好き」は、どれだけその人/作品などを知っているか、どれだけ好きかという“ファンの度合い”が試される気がしますが、「悲しみ(=ロス)」は、そこに優劣はないので、個人それぞれの悲しみを語ればいいため叫びやすいのではないでしょうか?(あったとしても、みんなロスした仲間ですし)

「悲劇は共感されやすい」「好きには度合いがあるけれど、悲しみは誰もが一定」の2つの根底には、“つながりたい気持ち”があるような気がしますね。

と、私なりの仮説を書きましたが、これが正解かどうかはもちろんわかりません。しかし、ひとつだけ正解があるとしたら、「●●ロス」と叫びたくなるほど好きなモノやコトがあり、好きなヒトがいる、その人の人生は豊かで、とても素敵だということ。「ロス」は幸せの証拠ともいえるかもしれませんね。

PROFILE

広告制作会社、広告代理店にてコピーライターを経験後、現在はコミュニケーション戦略の立案からプロモーション施策の開発までを一気通貫で行うプランナー。働いたあとのビールと、月一くらいのペースで食べる肉汁たっぷりのハンバーガーと、美しくなりたいとか上手くなりたいとか、変わりたいとか、いま自分がいる場所よりちょっとだけ高いところへ行こうと、もがいている人が好き。